山本智子の話 2017年8月23日
アトピー持ちのスミレが失恋した。あっつい夏場でもずっと長袖を着て、肌を隠していたのに、何かの拍子で見られたらしい。泣きながら私に電話をしてきた。もっとオシャレしたいんだけど、この肌じゃあねって淋しそうに目を伏せるスミレを思い出す。
それでも毎回お洒落をして彼とデートに行ってたことを知ってる私は、許せなかった。かわいいスミレを、どこまでも乙女を自で行くスミレの気持ちを踏みにじったその男を、許せなかった。その男のことはよく知らないけど、スミレはただ可愛くて、嫌悪したその男の方がよっぽど醜いやつだって思った。
だから、スミレは優しい子だし、そういうこと出来ないと思ったから。どうにかして、スミレは傷ついたんだって伝えたかった。
私は、そうやって友達のことを大切に想う気持ちを持っただけ。
高坂博人の話 2017年8月26日
ああ、まあ佐藤のことは同じゼミってだけでよく知らないけど、智子からなんか彼女泣かせて振ったみたいなこと聞いたわ。で、なんかよくわかんなかったけど、佐藤に伝えろって言われたから、なんか彼女が泣いてたらしいぞ、とは言ったけど、なんか問題でも起こったんですか?
松木剛の話 2017年8月26日
なんか佐藤大変みたいだよね、また彼女さんと連絡取れなくなったんでしょ?
え、彼女さん大学も来てないの?そっかあ、大丈夫かな。なんか高坂から聞いたけど、彼女さんのことを佐藤が泣かしたみたいな。んーあいつ、自分の意見を言うのすら躊躇うやつだし、すげえ優しいから、多分誤解かなんかだと思うんだけどねえ。
え?俺から佐藤に?いや、何も言わないでしょ。そんな
人様のカップル事情に首突っ込んだりしないでしょ、普通。
横井夏子の話 2017年8月28日
んー、別にスミレも智子の友達ってぐらいの付き合いだったかな。え、何あの子今大学来てないの?へー、そうなんだ。なんかあれだっけ、佐藤と付き合ってたんだよね?
で、なんか佐藤が突然スミレに生理的に無理になったみたいなこと言って振ったんでしょ?なんかよくわかんないけど、智子から聞いたわ。
佐藤とは語学のクラスが一緒なだけ。いや全然喋ったことないから私からは特に何も言ってないけど。あ、なんか彼女の友達が怒ってたよーみたいなことは言ったけかなあ、あんまり覚えてないや。
佐藤雅史の話 2017年8月25日
ぼくはセミが嫌いだったんだ。正確に言えば、嫌いなのは抜け殻。セミの抜け殻。
小学校の頃から、今までぼくは大人しい方でさ。今でこそ、大人しいからって理由で苦労することなんて少なくなったけど、小学校の頃は声が小さいというだけでも居づらい場所だったんだよね。
小学校二年生の夏真っ盛りの頃だったな。ぼく、給食を食べるのが凄く遅くて、皆が掃除をしている最中も隅っこに机を寄せて、給食を食べていたんだ。ただ、どうしても、キャベツに入った剥き出しのオレンジが食べられなくて、あのつぶつぶのやつ。
それで、どうしよう、どうしようと焦っててさ。あんまり覚えてないけど、確かドレッシングも掛かってて、キャベツとオレンジを器用に分けながら食べるなんてことも出来なくて、ただその黄緑とか橙色の生臭い塊を箸で突っついたりしてた、と思う。
クラスでも目立つ、なんていったかな、確か高橋くんとかそんな名前だった気がする。その高橋くんが、教室の窓から入って来たセミを追っかけまわして、クラス中の注目を集めてた。最初は「キャー!」とか「こっち来んなよ!」とか騒いでた皆が、だんだん静かになっていって、緊張感まで出てきて、固唾を飲んでその皆が見守る中、高橋くんはセミを捕まえたんだよ。一躍ヒーローになってた。
そうしたら、いつも高橋くんをライバル視してた、松木くんって子が張り合おうとしたんだよね。「そいつは、一匹しか捕ってないけど俺は沢山持ってるもんね」とか「1、2、3、4、、7!俺は七匹持ってるから」とか言って。ぼくは松木くんがそんなにセミを捕まえてたらヒーローになれるんじゃないかって、キャベツとかオレンジそっちのけで、松木くんの次の言葉を待ってた。
「ほら!」って言いながら机の引き出しから松木くんが取り出したのは、セミの抜け殻でさ。クラスの女子たちが、また「キャー」とか「きもちわるーい」とか言ってて、生きてるセミを持ったままの高橋くんも「それ生きてないじゃん」って松木くんをけしかけて。
そうしたら、松木くんも怒っちゃって両手パンパンにセミの抜け殻を乗せて高橋くんに突き出してさ、「でも、数多いから!俺の方が多いから俺の方が凄いじゃん」とか言ってさ。
高橋くんも、その抜け殻の束が気持ち悪かったんだろうね、走って逃げながら「生きてないから、俺の方が凄いー」とか叫んでたんだ。
そうやって二人が追いかけっこしてたらさ、ぼくが給食食べてる席の近くまで来たところで、おもむろに「なあ、佐藤はどう思う?抜け殻じゃすごくないよな」って聞いてきたんだよね。ぼく、びっくりしちゃって。クラス中の視線がぼくに集まってて、恥ずかしくて。
「どっちも凄いと思う、ぼくには出来ないから」って当たり障りないけど、本心を言ったんだよ。本当にそう思ってたから。でも、その答えに高橋くんも、松木くんも納得行かなかったみたいで、その場で取っ組み合いみたいなのが始まっちゃって。
何個かの抜け殻がさ、高橋くんの払った手に当たって、潰れて、ぱらぱらぼくの目の前に落ちてきたんだ。
その光景だけは今もはっきり覚えてる。スローモーションだった。
それで幾つかの細かい抜け殻の欠片が、ぼくが残してたキャベツとオレンジの上にも掛かっちゃって。掛かったのは少しだったんだけど、キャベツの水分にあてられて少ししっとりしたりしてさ。その欠片が。
うわ、絶対もう食べられないや、これを残すのは許されるだろうって高を括ってたら、先生が入ってきて。多分クラスの誰かが呼んでたんだと思う。二人のところに駆け寄って、凄い怒ってさ。その勢いでなぜかぼくも怒られて、いつまで食べてんだ!って。早く食っちまえ!って。
クラスの皆もこっちを見てたから、注目を浴びちゃってたから。ぼく言い出せなくて、セミの抜け殻が入ってるんで食べれません、残したいですって。泣きながら、食べた。味も嫌だったし、時々舌に感じる細かい違和感もあったし、本当に最悪な気分だった。
その時は、給食を食べるのが遅いぼくが悪くて、先生が言ってることは正しいって思っちゃってたから、先生に悪い思い出とかは全然無くて、普段は凄く面倒見もいい人だったし。今はオレンジも、キャベツも問題なく食べられはするんだけどさ。
それ以来、セミの抜け殻も、抜け殻だけじゃなくて、細かくて薄い四角片とかもちょっとダメなんだよね。その時の細かい舌触りとか、給食を食べるのが遅くて惨めだった自分を一気に思い出しちゃうから。
ただ、ごめんね、スミレちゃんのこと傷つけちゃったのは事実だから、本当ごめん。
あの時は少しそれがフラッシュバックして、少し驚いちゃったんだ。でも、辛い思いさせちゃったよね。ごめんなさい。連絡取れなくて、心配してたけど、またこうやって会ってくれてありがとう。凄く嬉しいよ。
花井スミレの話 2017年8月25日
雅史くんが好きだった。わたしにとって、初めて付き合った彼氏だった。いつも穏やかで、わたしのおもしろくもなんともない話を、じっと目を見つめて聞いてくれる、丁寧に相槌を打つときとかに揺れる前髪とか、あったかく包んでくれるみたいな眼差しが、本当に好きだった。だったって、過去形みたいになっちゃったけど、もちろん今も大好き。
だから、せめてわたしの汚い部分だけは絶対見せたくなかったの。昔、この肌が原因で嫌な思いをしたこともあったから、絶対にバレたくなかったんだ。雅史くんだけには。
あの時はすごく傷ついて、碌に雅史くんの話も聞かないですぐ出てっちゃったんだよね。でもそれぐらい、わたしにとっては嫌なモノだったから、今はしっかり雅史くんが謝ってくれて、いや、雅史くんは全然わるくないんだけど、とにかく今はもう大丈夫。
雅史くんはあれからも、変わらず接してくれて、わたしが悩んでることにも気づけなくてごめんねって、真剣に目を見て、そう言ってくれて。雅史くんはわるくないのに。
でも、凄くうれしかった。来週ね、千葉県にあるあの夢の国にね、雅史くんと二人で行くの。楽しみだなあ。雅史くんは、「僕は何も気にしてないから好きな服を着たら」なんて言ってくれたけど、これはわたし自身の問題だから、もうしばらく半袖は着れないかな。
でも、もしかしたら、外に出掛ける時じゃなくて、二人で会う時とかはだんだん半袖とか肌を出す服も着てみて良いかなあなんて、思えてるの。ほんと、嘘みたい!
スミレもごめんね、なんかこの前は泣いちゃったりして、でも今は大丈夫だから!話聞いてくれてありがとう!